496の落書き帳

496がなんか思ったことを書いたり書かなかったりする場所です。

にっき『役割』

私、社会にとっては不要不急の人間らしい。

やる気がなくなった時はなんとなくスマホを開く。ついったを開く。ようつべを開く。そして沼る。いつものやつですな。

なんとなくやっていることに生産性を持たせたいので、ウェブニュースを読むことにしてみる。ホーム画面で存在感を放っていたTwitterさんを朝日新聞に変えると、一段マシな人間になった気がするね。

まあ、ニュースもTwitterYoutubeと同じで、あまり興味を惹かれない記事も多い。大体の感想は『そういう人もいるんだなあ』くらい。たまに人生すごく頑張っている人の話を見かけてうおーになる。最新の項を適当にスクロールして、飽きたら終わる程度の雑な気分で読む。まさに、TwitterのTLを雑に読み飛ばすように。

ところで、ニュースがデジタル化したことで関連記事にかなり昔のものとかが出るようになった(これはTwitterにはない性質だな)。関連を追うと沼ることもあるが、自分が興味あるニュースで沼るのはまだ生産的に見える。

コロナだか、何関連で出たのか忘れたが、『私の人生は不要不急か』という記事に衝突した。寄稿:養老孟司、掲載は去年の5月とか。

お話で面白かったところが2点。一つは、『ウィルスは宿主の人間がいないと生きていられないので、今のコロナウィルスはまだ最適な生存戦略を取れていない進化途中みたいなもの。最終的には人間と適当に共生できる程度に弱くなるだろう』という主張。まあちょっと自分の言い方が違う気もするが、なるほどなるほど、それはそう。人間の敵ではなくて、新手の生物種としてコロナをご覧になっている。激動の人生を送ったじいさんだからなのか、視点が違うなあ。

次が本題。『私のやっていること(研究)はほとんどの場面で不要不急だ。それが人生でしばしば悩みになっていた。今は引退してやはり不要不急の爺さんに過ぎない』こんな展開であった。そしてこう続く。『ある時気づいた。自分の役割は自分で作り出す、構築するしかないのだ』

『ヒトゲノムの中身は不要不急の謎遺伝子ばかりだ。要であり急である方が例外だ。実はそれらにも機能があってまだ分かっていないだけかもしれない。謎の物体、それ自体の観察から機能を推定するのは困難である。機能とは他者との関係を意味するからである。』

最後の一文で、やられた、と思った。なんだろう。うまく説明できないが何かが刺さった。端的にいえば、自分は自分、他人は他人、と個人のことしか考えていなかったのかなあ、と。この一年は見事に他者との関係を破壊された一年だった。自分の頭の中で、自分や知り合いや世の人々それぞれの人生は何本かの独立した軌跡のように存在していた。自分が社会人になったら何ができるんだろう、これって役に立つんだろうか、などと何ヶ月も悩んでいたが、何か思考のピースが抜けていたのを指摘されたような気分だ。

しかしまあ自分は人と関わるのが下手くそで下手くそで、この一年でもっと下手くそになってしまった気がする。研究に憧れたのも、もしかすると他人に関係なく自己完結することに気楽さを感じていたのか。だとしたら嫌な話だ。

真面目な話、もう少し人と関わりたいし関わり合いが上手くなりたいよなあ。という新議題が持ち上がったところで、今日は疲れたのでこれまでに。むむむむむーん。